32.8度C
今お昼過ぎなのだが、室温が32.8度Cになっている。最近はエアコンを点ける習慣があったのだが、窓を開けて、ドアを小さく開けて、裸で過ごしている。エアコンを使わずに。これからの2〜3時間は西日が差し込んで一層暑くなるかもしれないが、今日はこのまま凌いでみたい。
追記:
13:20、33度C。
14:30、33.4度C(曇天)。
15:30、33.6度C(曇天)。
16:30、33.7度C(曇天)。多分本日の最高室温。窓開けドア開けエアコン無。
今お昼過ぎなのだが、室温が32.8度Cになっている。最近はエアコンを点ける習慣があったのだが、窓を開けて、ドアを小さく開けて、裸で過ごしている。エアコンを使わずに。これからの2〜3時間は西日が差し込んで一層暑くなるかもしれないが、今日はこのまま凌いでみたい。
追記:
13:20、33度C。
14:30、33.4度C(曇天)。
15:30、33.6度C(曇天)。
16:30、33.7度C(曇天)。多分本日の最高室温。窓開けドア開けエアコン無。
心を読む人達は、自分が経験をしていないのに、何故か技術用語を知っている。いや、それは何故かではなく自明なことで、本当の技術者の使う用語を盗み聞きしているのである。専門用語を使うことで技術者がクライアントから信頼を得ることができるのは良くあることである。少なくともかつてはそうであった。しかし技術者じゃない人間が専門用語を使うようになると、もはや会話では信任を取り付けることが困難になるのである。そして嘘付きが蔓延して、信頼性の全く無い世界となるのである。今の世の中はそんな世界じゃないかな。
追記:
一応私のことを再度述べると、昔プログラマであった。大学でその系を専攻している。共通一次世代である。読心術を知らない世界で育った。嘘は悪いことだという認識である。
追記:
しかしまた、本記事を書いたのは、このような話題を感じ取ったからである。これも盗み聞きの一種にはなるかもしれないが、はっきりはわからない。大体肝心のことは聞こえない。聞こえるように話されたものだけを聞き取っている可能性があるとは、前にも書いたと思う。だからどのくらい聞き取り能力があるのかは判らないのである。
朝9時半にベッドから起き上がって、服を着て電器屋さんへ自転車で行って電子レンジを購入。生まれて初めて電子レンジを購入。一番安い機種ながら、ちゃんとターンテーブルがついている。新品で4500円。中古ならもっと高機能のものが手に入る可能性があったが、中古は壊れていたら困るので敬遠した。買った電子レンジは背中に背負って帰ってきた。隣の市なので往復にかなり時間がかかった。また背負ってみると左右の重量が偏っている為にちょっと辛い行軍であった。
帰宅して早速レトルトの白飯とカレーを温めて食べた。カレーは器に移す必要があって手間が余計にかかるようになったが、電気代はずっとお得である。また白飯も、パックに入れたまま湯煎するよりもおいしく温められるのである。外部から伝導による熱ではなくて、内部にほぼ均一に熱が発生して温まるからであろう。
アパートに備え付けの冷蔵庫があった所に設置した。電源も冷蔵庫で使っていたコンセントを使用した。ほとんど空いているスペースだったので、ちょうど良かったのである。
この電子レンジには保証1年がついている。一応店員に尋ねた所、まだ潰れていないのだそう。潰れたメーカーの商品は置いていないらしい。もちろん売り言葉に買い言葉の可能性もなくはない。確かめるのが面倒だからである。1年以内に壊れたら先に販売店に相談するのが良いだろう。
お金持ちのなったら、オーブン機能やスチーム加熱機能のついたものを使ってみたいのだが、今は単機能の安い製品で満足なのである。
追記:
ダンピングじゃないのか?という疑問もあるのだが、昨今ダンピングについてあまりニュースで聞かない気がする。PCのメモリだって製造コストを回収できるだけの価格なのだろうか?いろんなものが原価割れをしているのじゃないか。いや全然調べて書いているわけではないから妄想の域を出ないのだが。
賃金だって生活していけるだけの水準でなければ、それはダンピングと言えるだろう。生きていけない労働はしてはいけないのである。しかしhand to mouth状態なので、多くの人がダンピング労働をしているのかもしれない。
追記:
電子レンジを導入したことが気持ちに変化をもたらし、もう一つの懸案だった食パン問題にとりくんだ。いつもマーガリンを塗ってそのまま食べていたのだが、最近食べている食パンは少しパサパサしている為に喉に通りにくいという問題があったのである。今日はパンにマーガリンを塗ってテフロンの鍋に入れて蓋をしてIHコンロで焼いたのである。最初の一枚は時間を掛けすぎて下が黒焦げになった。2枚めは1分掛けた。少し焦げ目が多いかなというくらい。許容範囲である。3枚めは45秒にしたところ、少しだけ焦げ目がついてちょうど良かった。鍋が熱くなっているかどうかでも違うはずだが、最初は1分にすれば良いだろう。これで焼いたパンを食べることができる。
相手の言うことが判るのは、相手の心に話題を提供しているから。逆に、考えて欲しくないことを考えていたら、相手の頭の中の話題を変えることにより相手の頭から追い出すのである。そういう仕事があるとして、それは私の知るところじゃないのである。私は被害に会いたくないという願望を持っている。
昔と違って、博識だったりすることに優位性が無いか、極めて乏しいということに慣れなければならないということなのだろうか。こんなこと既に常識になっているのかもしれないが、私の中では完全に常識になりきっていない。というか、今でもアカシックレコードに自由にアクセスできるわけではないし、他人の心を自由に読めるわけではないので、今後も博識であることは優位点の1つでありつづけるだろう。もちろん私が博識であるわけではない。若い人達はそういうことに既に慣れているのかな。
新しい人達が私に対して、「知識に優位性が無いことを忘れるな」と言わんばかりに、私の思考から、情報を取り出してそれをネタに会話するということをする。これ見よがしにする。今後生きていく限り、こういう状況が続くのだろうなと思う。
知識に優位性が無く、学習力に劣り、他人の心を読めず、人間無線を使えない私は役立たずなのだろうか。純粋に荷役しかできないとかそういうことになるのだろうか。資本力もない。慢性の腰痛だし、意識をジャックされるし、地獄じゃないか。日本人は悪魔である。私を除いて。私にはそのように見える。
もし本当にそういうことになるなら、安らかに生きていける所を探すことになるだろう。日本には安らかに住める所がないかもしれない。外国にあるかどうかもわからない。そもそも日本語しか話せないのだから、厳しいことに代わりはないだろう。
追記:
人の心を自由に読める時代では、リーダー役の傀儡君がいて、どこからか仕事を持ってきて、誰かに分配するという役をするのだろうか。つまり傀儡君は仕事をまるで理解することが無いのではないだろうか。私はあまり頭が良くないので、自分で理解するのは大変なのである。理解できないと部下に仕事を割り振ることはできない。
ここで、リーダーあるいは上役には2種類あることがわかる。仕事を理解できるリーダーと理解できないリーダーである。私はまだ若いので仕事を理解できるリーダーしかできないだろう。しかし仕事を理解するのが難しいのでリーダーには成れないのである。
人の心を自在に読める人達というのは、思考力もまた高いのだろうかと思う。数学の証明もスラスラと随筆のように書き下せるのだろうか?彼等の能力をまだ知らない私である。どこかに書いてあれば読んでもよいが、どうせ疑ってかかるので信じないかもしれない。
体力作りを兼ねて東京を目指してサイクリングをした。走行計画をほとんど立てずにポケット地図を観ながら走った。交差点で地図を取り出して見るので、ペースはゆっくりだった。当初池袋に向かうつもりだったが、成り行きで新宿に至る道となった。西東京市に入って、元の田無市の所で新宿まで16kmの看板が見えた。新宿まで行って戻ってくると更に3時間上乗せされると判断、そろそろ折り返そうという気になった。そんな時に東伏見稲荷神社が目に入ったので、神社前の石塔で記念撮影して、中に入って参拝してきた。それと小便をしてきた。そこから折り返して元の道を下った。すぐに田無神社が見えたので入って参拝した。五木寛之氏が昔世話になった神社だという説明書きが書いてあった。なるほど。参拝の後また石塔で記念撮影して帰路についた。往路とは逆に上り坂が多いはずだったが、あまり苦には成らなかった。所沢駅の傍の踏切はなかなか上がらないね。そこを通過して帰宅。今日は曇天だったので日焼けは気にならなかった。次回は出発時間を早くすることにしよう。また輪行バッグを持って行って帰りは電車で帰ってきても良いかもしれない。あるいは泊まりがけにするか。
もし半年で終わるとするなら、ここで後半に突入なのである。
今回はブラッドレイ総統が直々のお出ましになって、はぐれホムンクルスのグリードを倒す。キメラ達も全滅した模様。生け捕りになったグリードは密かにホムンクルスグループのアジトに運ばれる。そこには年老いたリーダーが居るのだが、そいつは恐らくエルリック兄弟の父親だろう。もちろん人間。違うかな。そしてそこでグリードは忠誠を誓えなかったので殺されるのである。またそこでの会話から、ホムンクルス達は相当な年齢であることがわかる。但し老化が止まっているのだが。また、ブラッドレイは初の老化するホムンクルスなのである。また今回登場しなかったホムンクルスの中でスロースについて言及があったが、彼女はエルリック兄弟が錬成したのではなかったっけ?私はそのように記憶していた。とすると、まだとても若いホムンクルスのはずだが、他のホムンクルス同様に相当な高齢らしい。そういう齟齬に気がついた。勘違いかもしれない。
今、ふと思いついたことである。
昨今、天候を操ることは、科学技術力によるものか、超能力によるものか、いずれにしろ自由自在である。私にはできないが。さて、誰かが天気を「晴れ」にしたとしよう。この時、同じ空の下に居る私が、「自分の心の中を反映したものだ」、あるいは「自分のことを誰かが賞賛している」と想起したとしよう。すると、天候を晴れにした力と、私の心が晴れるということがリンクしてしまうのである。実際に晴れを作った人はそういうつもりはなかったかもしれないが、私が勝手にそう思いこんでしまったので、逆にその力の実務を担当する精霊達が私にもリンクしてしまって、私の心が晴れた時に同様に天候を操って晴れになってしまうのである。
さて、以上のことを知らないで心を妄想の赴くにまかせているうちは良いのである。しかしこのことに気がついて、他の誰かが「晴れを創造した時」に私が自分を戒めて関係無いように気持ちを御するとか、機嫌が悪くなってしまうという習慣を身につけてしまうと、私は天候には関与しない人間となるかもしれない。あるいは、雨が降ってきた時に機嫌が良くなるとか、反対になってしまう可能性があるのである。
そうやって世界から分離していくのである。
分離していって、完全に自給自足し、自分の居場所は即自分の所有地であると決定できる権限と能力があるのなら、それでも構わないかもしれない。しかしどんなに孤立しても社会の中に場所を借りて住み、生きていくのであれば、純粋に孤立することができないのである。どんなに悔しくても孤立できないのである。
だから、あまりそういうことは考えない方が良いのである。晴れを作り出す精霊と誰が仲良くなろうと、私がそれに対して関与するかしないかは自然の成り行きに任せるのが良い。意識しないで「成った」事柄は、引き続き意識しないで居れば良いのである。
しかし自然に成った事を意識的に他者が変えようと振る舞った時、つまり「お前は関係ないんだよ」という電波を送ってきた時、いじけてこのような記事の内容を思いつくのである。そして文章を長く綴りながら自分の心を落ち着けてようやく、自明でなかった結論に至ったのである。
いじけて反対に行くのも損だし、関係無いのが誰かも自明でないし、とにかく即動くということをしないで、音楽など聴くなどして、顕在意識からそのことを追い出すようにしたい。
天候に限らず、地震を起こすのもその類のことなのだと思う。
追記:
自然の成り行きに任せるとはいったが、皆が心を1つにし過ぎて、同じことを考え、同じように一喜一憂するようになると、「お前は関係ないだろ」と私も言いたくなるのである。同じことを考えるなら、人間はそんなに沢山は要らない。人それぞれの人生を生きないなら、人が増える意味が半減する。頭だけでは生きていけないし、手足だけでも生きていけないのである。
追記:
意識してなかったことは意識しないままにしておいて、特に自分に関する事、自分の周囲の事について意識して取り組むと良いのだろう。「お前は関係ないだろう」と言いたくなるのは、関係の無い人が関係を持とうと取り憑いてくる時である。つまり関係無いのは、心の声に妙に耳を傾けすぎている輩のことである。
追記:
地球全体と繋がる人類ということから推論して、どんなことを悪と呼ぶのか考えることもできるだろう。そして、日頃嘘のニュースを流すことは良いことだろうか?と考えてみる。隣の芝生は青く見えるということから、不景気のニュースを流しているのか。同様に私が見聞きするニュースだけ特にそれを強調しているのか。防衛上の観点だろうか。それはやむを得ないと言えることなのか否か。私の周りで必ず芝居をしてみせるのは良いことなのか?芝居をするにしても、その中の登場人物に私を巻き込むとしたら、単なる見物ではなくなる。エンターテイメントの一環で犯罪をしてみるのか?見物している人間が不愉快になると思わないのか。などなど妄想が膨らんでしょうがないのだが、見物している私を楽しませるような精神でお願いしたいと思う。
追記:
日本中がお芝居をしているのなら、私にも台本をもらえないだろうか。台本をもらえる人と、もらえない人がいるのだろうか。心の声に耳を傾ける人が人間無線を使って指図を受けているのだろうか。それは兎も角、この芝居のタイトルは何て言うのかな。『日本人と悪魔達』かな。もちろん私自身は悪魔でないことを確信している。
あるいはもう経済が崩壊しており、ゾンビ状態なのかもしれない。『ゾンビー・ジャパン』というタイトルかな。
妄想である。自衛隊あたりにレーダー小隊があって、人の頭の中を覗くのである。建前では危険分子の発見と追跡による治安の確保であったのが、今では企業スパイや、再就職先の検索、仕事の横取りといった治安悪化を促進する役割を担っているのである。
日本の混乱は自衛隊が先鞭を付け、その責任追及ができなくなるように監視を止められなくなってしまったのである。自衛隊は悪の組織になってしまったのである。
ということはないだろうか。妄想である。
春にHDDが2台もクラッシュした話は前に記事にした(実は後の1台はクラッシュではなくてシステムデータの破損だけの可能性がある。OSが壊れてからHDDを取り外して放置してある)。そして今、Fodora10の夏目坂でファイルの移動を5GBほどしていたら、終盤辺りでコピーエラーが立て続けに起きたのである。エラーの出たファイルはスキップしてやり過ごし、移動が終了してからエラーの出たファイルを再度移動した所うまくいった。前者のクラッシュの件ではUbuntu9.04だった。Linuxのファイルシステムって何か欠陥を抱えているのではないだろうか?ここに記す。